ちょんまげぷりん/荒木源

面白くてサラサラと読了してしまった。
7/31公開の映画の原作です。(リンク先:映画「ちょんまげぷりん」公式)

文政の直参旗本、木島安兵衛がなぜか180年を経た東京にやってきてしまう。
そこに偶然、出くわしてしまったシングルマザー、遊佐ひろ子。そして息子の友也。

江戸時代の侍だからこそ斬れる、という感じはある。
現代社会が抱える問題に一石を投じている。

仕事半分・家事半分・・・これでは満足に母親はできないし、仕事にも打ち込めない。
満足に母親できないから、子供はわがまま勝手して目を引きたがる。
そんな負のスパイラルに陥っていた所にたまたまやってきた侍。
彼は現代に居場所を求め、家事を覚えていく。
一宿一飯の恩(は口実になって行くけど)を返そうと、得意な床拭きだけでなく料理を身につける。
そして、子供が悪いことをしたら怒り、躾ける。一生懸命に子供と遊ぶ。育児も怠らない。
働けないのだからせめて家の事はしっかりとする。
家の事は任せて、仕事に打ち込める。 半分半分、ではできなかった事ができる。何より時間がある。

昔こそ「相応の分」を持って男も女もそれぞれが懸命に打ち込んでた。
男尊女卑とかそういうんじゃない。それぞれがちゃんと自分のすべき事に懸命だった。
男が働いて、女は家事をする。 って決め付ける必要はないけど、どちらにせよ半端な事じゃ成立しないんだから懸命に目の前にあるものに打ち込むべきなんだ、と思わされた。
働いて給料をもらってくる者は、家で料理や掃除をしてくれる人のために働くべきだし、家にまた帰ってこれるから仕事に打ち込める。
家を守る者もまた、帰ってくる者のためにいつも快適な環境を用意しておくべきで、いつもおいしいものを作る労力を惜しまずにあるべき。
そういうが健全なんだろうな、と思う。
本文中で「人には分というものがござる。分をわきまえて生きるのを、まことの人の道と申す」というくだり、若干の変化はあるけど2回出てくる。
言った木島安兵衛の心情を反映しての変化だけど、それが全てだろうなと思う。

でも、それぞれが半分半分で生活していたとしても、「家の半分ずつを男女が互いに懸命に打ち込めば」本当に成立するような気がする。
半分でも「分」で、ちゃんと半分をお互いにまっとうすれば問題ない。っと、裏を返せばそういう事なんだろうなと思った。

・・・まぁ独身男が語っても重みはないなw
しかし、心得た。忘れないようにしたい。

今、ちらっと映画公式を見てたら・・・木島安兵衛さん、exciteでブログ書いてるんだな・・・w
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by shivaryu | 2010-07-10 01:30 | 読書